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June 30 2009年度前記記事目次2009年度前期(1月~6月)の記事目次を掲載します。なお、前回までの記事目次は「ブログ開設1周年記念・記事目次」(2005年11月24日)、「2005年度後期記事目次」(同年12月31日)、「2006年前期記事目次」(2006年6月30日)、「2006年度後期記事目次」(同年12月31日)、「2007年度前期記事目次」(2007年6月30日)、「2007年度後期記事目次」(同年12月31日)、「2008年度前期記事目次」(2008年7月5日)、「2008年度後期記事目次」(2008年12月31日)です。
01.09 冬休み帰国 02.22 成都に戻る 03.13 成都送仙橋古玩芸術城―成都雑感〔77〕― 04.07 蜀南竹海―四川雑感〔10〕― 04.22 望江楼公園―成都雑感〔78〕― 04.26 西安交通大学日本語学科老師来成都 05.07 西安旅行へ 05.12 五一二・四川汶川大地震1周年 05.26 西南交通大学での新型インフルエンザ対策 06.08 四川博物院(旧四川省博物館)オープン―成都雑感〔79〕― 06.14 西南交通大学日本語学科卒業答弁会―成都雑感〔80〕― June 14 西南交通大学日本語学科卒業論文答弁会―成都雑感〔80〕―6月12・13日(金・土)、西南交通大学日本語学科の卒業論文答弁会が犀浦キャンパスで行われました。例年ですと大学の答弁会(抽選で答弁者を)後に、日をあけて学科答弁会でしたが、本年は連続して行いました。13日8時より大学答弁会(6人)、午後学科答弁会(14名)、13日学科答弁会午前・午後(28名)で、17時過ぎに終了しました。学科答弁会は、両教授を主任に、指導教官別に2班に分けて行いましたから、各班の各回は7名ということになります。2クラス全48名となります。発表時間は12分で、質問時間が8分で、1人当たり20分ですが、だいたいこれ以上かかりました。写真は大学答弁会のもので、学院の多能機能教室を用いました。この教室はLL機能を有し、教官用のコンピューターのみならず、各学生用のコンピューターを有しています。発表者はパワーポイントでレジュメを作成し発表しますから、各自はデスク上のディスプレーで見ることになります。大学の答弁会であることは、写真の赤い横断幕に、「西南交通大学2009届本科畢業設計(論文)校抽答弁」とあることでお分かりでしょう。 今回、私が審査した大学答弁会・学科答弁会の卒論題目(27編)を示します。 〔言語類〕(9編) 中国語兼語形式使役句の日本語表現の研究 中日慣用語の比較 中日の身体語彙慣用句の対照比較―「目」と「口」を中心に― 日本語の動物慣用語についての研究 中日同形語の差異に関する研究 日本の若者用語に関する研究 日本語の曖昧語に関する研究 日本語の男女用語差別 外来語から見る日本語 〔翻訳類〕(4編) 「愛と美について」の翻訳について 「走れメロス」の翻訳について 「橋」の翻訳について 「病院の窓」の翻訳実践および技巧研究 〔日本文化類〕(10編) 諺語から日本人の性格を見る 中日神話の比較研究―創世神話と英雄神話を中心に― 日本人の死生観 教育活動から見る中日小学校の教育理念 日本少子化の現状の原因と対策についての研究 日本相撲の問題と対策の検討 日本のスター広告の魅力 宮崎駿の作品から見える人類生存環境への思考 日本のライトノベル成功の必然性 「オタク」および「オタク」市場についての研究 〔日本文学類〕(4編) 『奥の細道』から松尾芭蕉の美意識を見る 芥川龍之介作品中の母親像の分析 『風の又三郎』に関する研究 『雪国』から見る川端康成の美意識 ここ数年と比較すると、日本文化類が最大数ですが、言語類が増加しました。その分、日本文化類が減少したことになります。 June 08 四川博物院(旧四川省博物館)オープン―成都雑感〔79〕―卒論指導が全員(6名)稿了となり、時間に余裕ができたので、5月9日にオープンした四川博物院に5日(金)行ってきました。 四川博物院は、2002年に閉鎖された四川省博物館(人民南路四段)が移転し、新築されて、面目を一新してオープンしたものです。住所は浣花南路251号で、浣花溪公園の東側に当たり、正面入口(北)は青華路です。公園の西が杜甫草堂です。開館時間は9時~17時で、月曜日が休館日です。入館料は身分証明書(旅券)を提示することで無料となっています。最寄りのバス停留所は送仙橋站で、19路(金沙公文站~和平小区站)・35路(三聖寺站~郭家橋北街站)・47路(金沙公文站~成仁公文站 塩市口站経由)・82路(茶店子公文站~成仁公文站 武侯祠経由)・88路(林湾公文站~百花中心站)・301路(杜甫草堂站~十陵站 武侯祠・新南門経由)・901路(成都旅游集散中心站~金沙遺址站 観光路線)などが停まります。 館収蔵品26万点から選ばれた千点ほどが展示されています。建物入口の階段を上ると、ここは2階です。展示室は3階・2階・1階です。3階は5室、「四川民族文物館」(彝族・羗族・チベット族・苗族・土族)「工芸美術館」(玉器・金銀器・漆器。蜀錦など)「百年四川館」(近現代の四川省)「万仏寺石刻館」(成都市万仏寺遺跡発掘石仏など)「蔵伝仏教(チベット仏教)文物館」(金銅仏・絵画・典籍など)、2階は4室、「張大千芸術館」()「書画館」(唐代から現代にいたる絵画)「陶瓷館」(新石器から清代の陶磁器)「青銅館」(周・戦国期の四川省内遺跡遺物)、1階は2室(ほかに特別展示室が2室)、「四川漢代陶石芸術館(一)」「四川漢代陶石芸術館(二)」(四川省内遺跡遺物)となっています。 2日(火)以来、MSN spacesへはアクセス不能でしたが、本日ようやくアクセス可能になりました。それで、ここでは簡単な紹介にして、写真は北側正面から博物院建物全景を撮ったもののみにとどめておきます。 なお、写真に関しては、フォトアルバムへのアクセスは通常通りできていたので、フォトアルバム「四川博物院」(45枚)としてアップしてあります。
May 26 西南交通大学での新型インフルエンザ対策メキシコ発祥の新型インフルエンザ(swine-origin influenza略称S-OIV)、すなわちA-H1N1(中国名・甲型H1N1)は、現在、中国国内での感染例は見られず、少数の海外感染者発症例しか見えません。このためもあり、SARSの時とは異なり、成都市内は至って平穏で、報道を見ない限り、世界で流行している気配はここ成都の日常生活からはうかがえません。 しかし、この影響を全く受けていないかというと、そうともいえません。実は、西南交通大学でも、新型インフルエンザ対策を行っているのです。すなわち、1年間のアメリカ留学から帰国した学生10名を、25日から31日までの1週間を隔離保護観察にしたのです。SARSの時も、北京などの流行地から帰った教職員・学生に同様な措置をとりました。この宿舎が、今回もSARSと同じく、私の居住している鏡湖賓館別館の専家楼です。 ここは1号楼・2号楼の2棟(4階建て)からなり、周りを屏で囲まれています。門を閉じれば閉鎖空間になります。SARSの時は、全棟が隔離宿舎になり、門にカギがかけられ、警備員も配置され、外部との接触が断たれ、定期的に健康診断を行っていました。食事は賓館で調理した弁当を差し入れしていました。私を含め、居住者は賓館本館に移り、結果、4月末から9月初めまでこの生活が続きました。 今回は、門側の2号楼のみを隔離宿舎に当てています。私の居住する奥の1号楼はそのままです。ただし、南側の入口(昨年の改修で新設)は閉められ、北側の入口から出入りします(北側からは直接に道路に出られます)。2号楼は北側の入口はカギで閉鎖され、別館全体の屏の門(南側)も閉鎖されています。2号楼の1階の服務員室は臨時に1号楼の1階の麻雀室(昨年の改修で新設)に移転しました。これで、いちおう2号楼は外部と閉鎖されたことになります。したがって、今回は従前通りに私は1号楼にいます。昼に1号楼の様子を見たら、2人ほどが庭に出て、屏越しに友達と話していましたし、各部屋の窓がおおむね開いていました。このことは、隔離といっても、SARSの時ほど厳重ではないといえます。学生たちができるだけ快適に過ごせるよう、接続口は設置されていましたがライン接続なく、使用不可であったのが、急遽ライン工事を行い(私の部屋も)、インターネット接続の環境を整えました。 以上は、新型インフルエンザ対策の直接的な私への影響です。
なお、社団法人日本感染症眼科医緊急提言「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」は、普通人にとっても、基本的な知識として、来るべき強毒性新型インフルエンザへの対応策としても、有効たりえるので、リンクしておきます。是非ご一読を。 May 12 五一二・四川汶川大地震1周年 2008年5月12日(月)14時28分、マグニチュード8の四川汶川大地震が中国を襲い、多大の方々が犠牲になり、大いなる被害をもたらし、まだまだ復興の道は中途です。今日、12日(火)はこの1周年です。同時刻に中国全土で追悼の黙祷を捧げるとともに、震源地近くの汶川県映秀鎮の倒壊した漩口中学で、胡錦涛国家主席のもと、1周年追悼式が行われ、中国中央テレビでもこの模様を生中継しました。 火曜日は講義のない日なので、私は卒論修正の時間を割いて、テレビ中継を見つつ同時刻には部屋で黙祷しました。この映秀鎮の地は九寨溝への往復で何度か通ったところなので、この中学も目にしていたはずですから、感慨あるものです。 あらためて、犠牲になられた方に追悼の意を表すとともに、被災された方の1日も早い復興を祈るものです。 April 26 西安交通大学老師来成都4月24日(金)~26日(日)、西安交通大学日本語学科の5人の先生方が成都に来られました。成都在住の卒業生5人も集い、ゆったりと楽しい時間を過ごしました。川菜・火鍋・茶館・五粮液など、四川の良さに触れらたと思います。 写真は、「寛窄巷子歴史文化保護区修復竣工オープン―成都雑感〔69〕―」(2008年6月17日付)で触れた、旧来から営業していた「茶馬古道」茶館2階での先生方です。実は、この茶館には以前2階がなく、1階(路上)のみで営業していました。今回久しぶりにここを訪れたら、2階に棚(テラス)を道側に増築し、内部と合わせ、2階でも営業していました。下はいっぱいだったので、一同2階に上がりました。午後の時間をのんびりと数時間もおしゃべりとお茶で過ごしました。
April 22 望江楼公園―成都雑感〔78〕―先日「蜀南竹海」に行ったので、成都市内で竹といえば望江楼公園(内外の約140種の竹が植えられている)が一番で、今回はこれを紹介します。望江楼公園は市中心の天府広場の東南約4kmに位置し、東を錦江に臨んで南北に長く、11.8haを占めます。北が文物保護区(北大門)で、南が園林開放区(西・南大門)です。文物保護区(望江楼古建築群―2006年全国重点文物保護単位指定)の開園時間は8時~18時で、入園料は20元です。最寄りのバス停は望江楼公園站(北大門)で、19路(金沙車站~和平小区站 草堂北路・青羊宮経由)・35路(三聖寺站~郭家橋北街站 草堂北大門・青羊宮経由)・335路(武科東三段站~郭家橋北街站 武侯祠経由)が停まります。 北大門を入ると、前方に竹の林が広がります。写真1はその中央の道を撮ったものです。写真に見える緑色板は竹の説明版で、名称(中国名・英語名)と説明(中国語)が簡潔になされています。また、左手に行くと、成都市を縦断するシンボル的な川、錦江に沿った柳の道に出ます。保護区内でも、説明版のある竹は確認できただけでも、観音竹・牛児竹・大明竹など50種以上に及びます。園林とのを合わせ、竹の植物園といってもいいでしょう。 「瀆竹苑」と呼ばれる竹と石の庭園を過ぎると、右手に薛涛紀念館があります。ここは唐代の女性詩人薛涛(768~831年)の事績を展示してあるところです。往事のものは残っていませんから、主として文献から彼女をたどっています。薛涛は唐の都長安(現陝西省西安市)生まれとされ、官吏の父に従い成都に移住し、父の死後に困窮し、妓女になりましたが、その詩才が認められ、女性詩人として名声を博し、白居易をはじめとする当代の詩人と親交を持ち、成都に骨を埋めました。唐代随一の女性詩人として知られています。 写真2は薛涛ゆかりの薛涛井です。薛涛箋という原稿紙を成都の井戸の水で薛涛は作ったとされています。これにより、明代初期から中期に当時の蜀藩王がこの井戸の水で薛涛箋を模して作ったところから、これを薛涛井と呼ぶようになったとのことです。 薛涛井の左手(南)に浣箋亭があります。薛涛を記念するために、清代の1814(嘉慶19)年に建てられ、現在の建物は1898(光緖24)年に再建されたものです。井の正面前方(東)には濯錦楼と崇麗閣(望江楼)があります。左(北)の濯錦楼も浣箋亭と同時期の建物です。これらの建物群の中央の空間に大木が天にそびえています、この根元に「崇麗」の字を石刻した巨石が置かれています。この字は書聖王羲之の字を集めたものです。 写真3が保護区の中心の建物の崇麗閣、すなわち望江楼です。写真は閣の南側にある吟詩楼への石段上から撮ったものです。右手が錦江になります。楼は高さは27.98mで、4層からなり、下2層は四角で、上2層は八角です。1886(光緖12)年に修築され、1889(光緖15)年に完成しました。晋代の文学者左思『蜀都賦』の一句「既麗且崇 実号成都」から名付けられた閣です。なお、この閣の四囲にはライトアップ施設が設けられています。
望江楼は最上階の4階まで上ることができます。眼下には錦江を望め、川が南東から南西へと流れを変えていくことが見えます。北の方が成都市の中心部で、今ではビルやマンションが林立しています。写真4は、最上階ではなく、3階から北へと錦江と濯錦楼を望んだもので、崇麗閣の緑色瑠璃瓦と反り返った金宝鴟尾が見えます。以上、崇麗閣(望江楼)・濯錦楼・吟詩楼・浣箋亭が清代末期の古建築です。 April 07 蜀南竹海―四川雑感〔10〕―四川省は竹の地方としても知られています。この四川の竹を代表するところが、中国最美10大森林の一つ、全山が竹に覆われた「蜀南竹海」です。名前の通り、四川省南部(蜀南)に位置し、省都成都市から南南東に直線約250kmの宜賓市長寧県万嶺鎮・江安県万里鎮にまたがり、総面積が120㎢、中心風景区が44㎢を占めます。風景区の中核は東西約3km・南北約6kmで、ほぼ四面を険しい崖で囲まれた山で標高約1000~600mです。楠竹・水竹・人面竹・琴絲竹など土地の竹58種、他所からのを含めて全300種余り、竹林は約5千haもあります。 今回、清明節(4月4日)の休日を利用して、1泊2日のツァーでここを訪れました。ツァーの概況は、1日目、朝成都出発・宜賓市昼食・午後蜀南竹海観光(竹海博物館・翡翠長廊・忘擾谷)、2日目、午前観光(仙寓洞・天宝寨・海中海)・午後観光(七彩飛瀑)・夜成都着でした。四川省中国青年旅行社を利用し、340元でした。この料金はシーズンとなると値上がりします。なお、入場料や食事代は含まれていますが、ロープウェー往復40元・竹筏4人60元は含まれていません。 朝7時に集合場所(二環路成温立体橋脇のスーパーのメトロ前)に集まり、その後出発し、さらに客を拾い、市内を出たのが8時過ぎでした。成渝高速・内宜高速と約4時間走り、宜賓市内で昼食後、約1時間で、13時50分、蜀南竹海風景区に入りました。まず、近くの竹海博物館から観光のはじめです。ここは、竹の工芸品(楽器・武器・漁猟・竹腰輿など)などで、主に竹文化の展示をしています。13時58分に入場し、14時28分に出ました。 次いで移動し、観海ロープウェー乗り場に向かい、これに乗り、翡翠長廊と観海楼に向かいます。今日はまだそれほど観光客もいなかったので、10分ほどで乗れましたが、多客期になると1時間以上の行列待ちになります。乗車時間は20分あまりと結構長いものです。降りて、道を行くと右隣が観海楼ですが、後にして進むとお土産街です。その先の右が翡翠長廊です。15時20分でした。写真1がその途上から来た方向へと撮ったものです。竹海で一般的な楠竹の色が翡翠を思わせるので、名付けられたものです。竹の葉が覆い茂る夏ともなると、葉で空を覆い隠し、竹のトンネルとなるのです。ここへは下から乗用車が入れますから、ご覧のように駐車中の車が見えるのです。 写真2は、長廊の途上で、人面竹への案内の出た道へと左に入り、途上で竹林の中で見た、竹の子です。まさに竹の子のシーズンに入ったことが、手前の竹の子の後方にも何本かの竹の子が見えることでお分かりでしょう。なお、人面竹は道に並んだ露店のお土産屋さんの切れた先にあります。
長廊から戻り、ロープウェー乗り場脇の観海楼に上り、観竹海(竹林)を見下ろしたのが、写真3です。まだ竹は青々とはしていませんが、左側の山は全山竹で覆われています。こちら側に長廊は位置しており、この山が風景区の中核なのです。そして、写真中央やや右に小さく青・赤に見えるのがロープウェーの2人乗りゴンドラです。こうして、ロープウェーで帰ってきたのが、16時半過ぎでした。 1日目最後のスポットは忘擾谷です。ここは両側を竹海に覆われた小さな谷です。16時50分に入りました。写真4はその奥にある五疊屛です。小さな滝ですが、段に分かれています。これは奥のです。17時20分には戻り、これで本日の観光は終わりです。夕食では皆さん20元追加で、地元産の竹の子料理を味わいました。
2日目(4月5日)の観光は仙寓洞からはじめました。この日は雨が弱いながらも降っていました。この雨の中、8時6分に下車し、洞へと竹海の中の道を歩きました。10分ほど下ると、絶壁にへばり付いている洞に出ます。これは竹海の南部中央に位置し、明代の摩崖仏が残されているように、古く創設され、仏・道両教の所でしたが、現在は仏教寺院のみとなっています。数百mの絶壁上に、長さ300mに渡っており、この中に大雄宝殿等が設けられていますし、途中に滝(穿飛瀑)がかかっています。写真5は洞の東部から洞主部を望んだものです。
洞をさらに進むと、天宝寨に出ます。洞と寨は同じ絶壁上に連なっています。寨は、1862(同治元)年、太平天国軍の石達開に破れた清地方官吏が防御のため築いた城です。長さ1500mで、幅の広いところでも10mと狭く、絶壁上に細長く溝をうがち、その中に13の石寨門を設置して防御施設としたものです。この中の壁には後に「三十六計」石刻が刻まれました。写真6はその中間付近で、絶壁にうがたれた溝の狭さが分かるでしょう。前門(東)からは竹海の中を上ることになります。ここには篭屋さんがいました。バスに戻ったのは9時半過ぎでした。この頃までには雨は止んでいました。
次に海中海に向かいます。10時10分到着しました。海中海とは竹海中の湖ということです。ここでは竹筏で、湖を巡ります。写真7が竹筏で湖を巡っている様です。私たちの時には待ちはありませんでしたが、岸に戻ったときは、乗船待ちの観光客でいっぱいでした。11時10分過ぎにバスに戻りました。以上で、午前の観光を終え、竹海の中で昼食です。 竹海最後の観光地スポットは七彩飛瀑(落魂台)です。ここは竹海最大の滝で、4段に分かれた滝が高度差200mほどを落ちます。12時15分、バスを降り歩きです。広場(八卦)に出て、案内にしたがい道を左に取ります。一段の滝上(回龍橋)を通り、下に降りると、渡し船に出ます。渡船料は4元です。船を降り下ると、二段の滝です。この滝は高さ15m・幅3mほどのものです。写真8がこれですが、見ればお分かりのように、滝の裏側がえぐれてこれが通路となっています。まだ増水期ではないですが、それでも水しぶきを浴びます。この滝は北面していますが、正午になると陽を受けて虹が出るとのことです。さらに進むと、絶壁を落ちる高さ74mの四段の滝が対面した絶壁上から見られます。そして、上っていくと広場に戻ります。以上、広場からは時計回りの周回路です。実は、二段の滝へは広場中央の道から直接下ることもできます。13時10分前にはバスに戻り、全観光が終了です。19時過ぎに成都に帰着しました。 以上、ツァーで巡ったスポット以外にも、仙女湖(仙寓洞風景区)・青龍湖・観雲亭・墨渓・迎風湾・挂膀岩・龍吟寺・天皇寺(天皇山)などがあります。
以上はツァーですが、個人で行く場合は、成都市から蜀南竹海行バスが新南門から出ています。9時10分と15時30分の2便、風景区西大門着で、97元です。風景区の入場料は85元(12~1月60元)で、60歳以上・学生割引があります。竹海内には、3星級の蜀南賓館をはじめ多数のホテルがあります。ただ、竹海は広く徒歩で回るのは無理でしょう。しかし、中には公共交通手段がなく、移動手段としては、県からのタクシーチャーターか、風景区内のバイクということになります。 最後に、蜀南竹海案内図(中国語)を下に示します。これは宜賓市蜀南竹海風景区名勝管理局公式サイト(http://www.bamboosea.net/)から転載するものです。 March 13 送仙橋古玩芸術城―成都雑感〔77〕―中国西部地方最大の古物市場、それは「成都送仙橋古玩芸術城」です。東に青羊宮(道教寺院)、西に杜甫草堂に近く、南を青羊正街に西を浣花北路に東を摸底河に挟まれたところにそれは位置します。本市場は1988年末に開かれ、古物雑貨・金石印章・玉翡翠・書画・古木製家具・工芸品などを扱います。店を構えた販売の他に、競売会や展示会も行われます。最寄りのバス停は送仙橋站です。19路(金沙公文站~和平小区站)・35路(三聖寺站~郭家橋北街站)・47路(金沙公文站~成仁公文站 塩市口站経由)・82路(茶店子公文站~成仁公文站 武侯祠経由)・88路(林湾公文站~百花中心站)・301路(杜甫草堂站~十陵站 武侯祠・新南門経由)・901路(成都旅游集散中心站~金沙遺址站 観光路線)などがここに止まります。 写真1は本市場の入口です。ここを入ると、左右の2階建てのビルに各種の専門店が入っています。そのまま奥へと進むと、個人店がほぼ川に沿って南北に立ち並ぶ通路に出ます。写真2がその様子です。ここにはいわゆる古物雑貨店が並び、古銭から連画まで扱っています。もちろんこの並びで真物を見かけることはないと思います。むしろ贋物を楽しむところです。また、腰掛けていた幼児が転けているように、日常生活がかいま見えます。
さらにここから北に進むと、川岸に沿って露店の並ぶところに出ます。これが写真3です。ここでも成都らしく店員たちが麻雀の牌を囲んでいます。写真の奥(南)に「仙河茶館」があります。写真4がそうです。摸底河に沿って竹椅子が並ぶ、成都本来の庶民の茶館です。花毛峰茶5元からです。
以上、古物に興味のある方には本市場は見逃せないところです。なお、古物の国外持ち出しに関しては、正規の許可証が必要ですから、それを出せるところで求めることが肝要です。 最後に、本市場に対面して、浣花北路には、「『龍抄手』総店―成都雑感〔75〕―」(2008年12月9日付)で紹介した「龍抄手」店があります。食事にはよいでしょう。 February 22 成都に戻る 昨日(21日)夕方、成都に戻りました。 CA422便でしたが、成田で動力源補充のため、離陸が遅れ、 北京で1時間、成都で50分の遅れでした。 今回の、成都までの乗客は6人で、日本人は私のみでした。 まだまだ四川省への日本人客は戻ってこないようです。 なお、成都空港で、成田からの乗客が国内線用のバスに紛れ込み、 係員がそれを探しに追いかけて、国内線バス出口で見つけたようで、 彼女は後から託送荷物ラインにきました。 くれぐれも、CA422便を利用して成都に入られるときは、 北京・成都空港で、「東京―成都」案内を持った係員を見つけ、 その指示にしたがってください。 December 31 2008年度後期記事目次四川省では、5月12日午後、汶川大地震が起き、大いなる犠牲者を出しました。この歴史的ともいえる戊子年を終え、新たな己丑年がよい年であるよう願うところです。 さて、2008年度後期(7月~12月)の記事目次を掲載します。なお、前回までの記事目次は「ブログ開設1周年記念・記事目次」(2005年11月24日)、「2005年度後期記事目次」(同年12月31日)、「2006年前期記事目次」(2006年6月30日)、「2006年度後期記事目次」(同年12月31日)、「2007年度前期記事目次」(2007年6月30日)、「2007年度後期記事目次」(同年12月31日)、「2008年度前期記事目次」(2008年7月5日)です。 では、よいお年を。
07.01 続・日本文化分野での卒業論文題目―成都雑感〔70〕― 07.05 2008年度前期記事目次 07.18 夏休み帰国 08.02 CA421便での成都搭乗・北京経由手順―成都雑感〔71〕― 08.09 武田氏躑躅ヶ崎館跡―歴史雑感〔9〕― 09.07 成都に戻る 09.10 外務省の渡航情報は四川省の地震復興への阻害要因 09.20 CA422便での北京経由・成都入国手順―成都雑感〔72〕― 09.27 国慶節の西安行 10.05 西安交通大学日本語学科98年卒業生10周年同窓会 10.14 秋の九寨溝1日目―四川雑感〔6〕― 10.15 秋の九寨溝2日目―四川雑感〔7〕― 10.16 甘海子・岷江源流―四川雑感〔8〕― 11.01 紅葉の九寨溝―四川雑感〔9〕― 11.10 王婆蕎麺―成都雑感〔73〕― 11.18 在重慶日本国総領事館による「大規模災害用緊急一斉通報機能」―成都雑感〔74〕― 12.09 「龍抄手」総店―成都雑感〔75〕― 12.20 2009年の中国の祝日―中国雑感〔2〕― 12.26 豆花火鍋―成都雑感{76}― 12.31 2008年度後期記事目次 December 26 豆花火鍋―成都雑感〔76〕―四川で「火鍋」といえば、真っ赤なだし汁の麻辣味のしびれと辛さの鍋料理とお思いでしょう。ですが、中国で「火鍋」とは鍋物のことを意味しますから、日本の鍋物が各種あるように、各種の火鍋があり、とうぜん辛くないのもいろいろあるわけです。そこで、四川の辛くない火鍋、「豆花火鍋」を紹介します。 豆花とは豆腐花の略称です。字からお分かりのように、豆腐製品の一種です。通常の豆腐が型枠に豆乳を入れて凝固させて、固まった後に、これを水に入れて、裁断する(なお、中国では裁断ぜず、そのまま出し、客の求めに応じて裁断するのが普通)のに対して、豆花は豆乳を寸胴鍋のような深鍋に入れて凝固させ、鍋のまま店頭に出し、客の求めに応じて杓文字などで掬い取ります。硬さは豆腐よりは柔らかいものです。そうです、豆花火鍋は、この名の通り豆腐花を主具材にした鍋料理です。写真1をご覧ください。これは表面を覆った具材をどかし、杓文字で下に隠れていた豆花を出して見せたものです。鍋の下に大量の豆花が隠れています。そして、汁の色を見てください、赤くないでしょう。かすかな塩味の淡白な汁です。ただし、写真の左に赤黒い汁、これは実はほとんど豆板醤といったつけだれなのです。ここに四川人の料理であることが表れています。もちろん、これを用いず、そのまま食しても、醤油などで食してもいいのです。煮立ったら、まず豆花を食します。それからは適宜各種の具材を食し、さらに追加の具材を入れて食します。 注文は、メインの豆花を選んで、追加の具材(小皿)を選びます。今回行った店では、豆花は3種類、「素豆花」(野菜類のみ)8元・「葷豆花」(肉類入り)11元・「三鮮豆花」(肉・魚介類入り)13元です。この値段は1人分です。追加の葷菜は10~5元、素菜は3~1元です。なお、豆花の追加は無料で、飲料として豆乳が無料で付いてきます。写真1は三鮮豆花です。
さて、今回行った店は、西南交通大学付近にはこの豆花火鍋のいい店がないので、四川大学付近の店へと遠征しました。ちょうど、夕方のラッシュ時とも重なり、バスで1時間ほどかかりました。これが、写真2に見る、「瀘州酸菜豆花」店です。瀘州とは成都市西南約280kmの長江に接する市です。酸菜とは四川風の漬け物のことで、白菜が一般的です。写真をごらんのように、気取ったレストランではなく、典型的な庶民の食堂といった店構えです。時間は平日の20時くらいですが、ごらんのように客でいっぱいで、流行っている店であることがお分かりでしょう。私たちが着いた18時半頃では、席待ちの行列を作っており、店員に告げて順番を待ちました。店の住所は共和路8号附4号です。行き方は、一環路南一段中間付近(最寄りのバス停は紅瓦寺―12・19・27・34・72・77・92・112路)で、南に紅瓦寺街(角に学府歌城という映画館の入ったビルがあります)に入り直進し、ぶつかった道が共和路ですから、左に曲がり、歩くとすぐです。また、共和路を進むと、太平南街になり、九眼橋に出ます。なお、共和路の東側は四川大学本キャンパスです。
December 20 2009年の中国の祝日―中国雑感〔2〕―明年(2009年)の祝日(休日)に関する、12月4日付国務院の通知が10日に新聞報道されました。これにより、中国の公的機関は休日を実行しますし、民間もこれを基準に休日を組みます。つまり、明年の休日日程が定まったわけです。本年の通知および報道は今までの年末近くから早まり、それだけ予定が早く組めることになりました。 次の通りです。 一 元旦(1月1日) 1月1日(金)~3日(日)の3日間を休日。 二 春節(旧暦元旦 1月26日) 法定休日(旧暦大晦日~1月2日) 1月25日(日)~31日(土)の7日間を休日。 1月24日(土)〔29日・木〕・2月1日(日)〔30日・金〕振替出勤日。 三 清明節(4月4日) 4月4日(土)~6日(月)の3日間を休日。 四.労働節(5月1日) 5月1日(金)~3日(日)の3日間を休日。 五 端午節(旧暦5月5日 5月28日) 5月28日(木)~30日(土)の3日間を休日。 31日(日)〔29日・金〕振替出勤日。 六 国慶節(10月1日) 法定休日(10月1日~3日) 中秋節(旧暦8月15日 10月3日) 10月1日(木)~8日(木)の8日間休日。 9月27日(日)〔7日・水〕・10月10日(土)〔8日・木〕振替出勤日。
なお、以下に国務院通知原文を載せておきます。
国务院办公厅关于2009年部分节假日安排的通知 国办发明电〔2008〕42号 各省、自治区、直辖市人民政府,国务院各部委、各直属机构: 根据《国务院关于修改<全国年节及纪念日放假办法>的决定》,为便于各地区、各部门及早合理安排节假日旅游、交通运输、生产经营等有关工作,经国务院批准,现将2009年元旦、春节、清明节、劳动节、端午节、中秋节和国庆节放假调休日期的具体安排通知如下。 一、元旦:1月1日至3日放假,共3天。其中,1月1日(星期四、新年)为法定节假日,1月3日(星期六)为公休日。1月4日(星期日)公休日调至1月2日(星期五)。1月4日(星期日)上班。 二、春节:1月25日至31日放假,共7天。其中,1月25日(星期日、农历除夕)、1月26日(星期一、农历正月初一)、1月27日(星期二、农历正月初二)为法定节假日,1月31日(星期六)照常公休;1月25日(星期日)公休日调至1月28日(星期三),1月24日(星期六)、2月1日(星期日)两个公休日调至1月29日(星期四)、1月30日(星期五)。1月24日(星期六)、2月1日(星期日)上班。 三、清明节:4月4日至6日放假,共3天。其中,4月4日(星期六、农历清明当日)为法定节假日,4月5日(星期日)照常公休。4月4日(星期六)公休日调至4月6日(星期一)。 四、劳动节:5月1日至3日放假,共3天。其中,5月1日(星期五、“五一”国际劳动节)为法定节假日,5月2日(星期六)、5月3日(星期日)照常公休。 五、端午节:5月28日至30日放假,共3天。其中,5月28日(星期四、农历端午当日)为法定节假日,5月30日(星期六)照常公休;5月31日(星期日)公休日调至5月29日(星期五)。5月31日(星期日)上班。 六、国庆节、中秋节:10月1日至8日放假,共8天。其中,10月1日(星期四)、10月2日(星期五)、10月3日(星期六)为国庆节法定节假日,10月4日(星期日)照常公休;10月3日(星期六)公休日及中秋节分别调至10月5日(星期一)、10月6日(星期二),9月27日(星期日)、10月10日(星期六)公休日调至10月7日(星期三)、10月8日(星期四)。9月27日(星期日)、10月10日(星期六)上班。 节假日期间,各地区各部门要妥善安排好值班和安全、保卫等工作,遇有重大突发事件发生,要按规定及时报告并妥善处置,确保人民群众祥和平安度过节日假期。 国务院办公厅 二〇〇八年十二月四日 (『中華人民共和国中央人民政府』http://www.gov.cn/zwgk/2008-12/10/content_1174014.htm) December 09 「龍抄手」総店―成都雑感〔75〕― 四川料理で知られる成都市は、また小吃(軽食)でも名高いところです。担担麺・鐘水餃・頼湯元などです。この小吃の一つとして名高い龍抄手を紹介します。抄手とは、中国南方地区でワンタンのことをいいます。すなわち、龍抄手とは龍ワンタンということです。これの本家が「龍抄手」総店です。当店は1941年に創業され、1963年に成都市の中心繁華街の春期路南段に店を構えました。2007年8月、ビルの改築にともない、近くの城守街63号に移転して、現在に至っています。この間、1995年、国内貿易部(省)から「中華老字号」(中国老舗)の称号を得ました。「陳麻婆豆腐」店も同様に称号を受けた店です。現在の店舗地は、城守街(イトーヨーカドー春熙店前から南に行く)と聯升巷(紅星路三段〔東〕と春熙路南段〔西〕とを結ぶ)とが交差する北西角に、位置します。
さて、今回は総店2階の餐庁で食しました。本階はレストランとなっており、基本的に冷菜・熱菜・小吃の組み合わせセットメニューとなっています。58元・78元・98元…の、1人前セット(1~3人用と4~6人用に分かれます)と、1卓用セットとがあります。 私たちが食したのが4~6人用58元(4冷菜4熱菜1湯10小吃)セットで、これが写真1です。中央大皿が「橙香銅盆鶏」・「紅湯双胞」、これらを囲む中皿が左から時計回りに「蜇頭青豆」(冷)・「樟茶仔鴨」・「夫妻肺片」(冷)・「白灼菜心」・「泡椒風爪」(冷)・「麻辣漢笋」(冷)と「雪見竹蓀湯」、大皿の手前に小吃の「龍抄手」・「担担麺」・「玉米金糕」です。さらに、「鐘水餃」「頼湯元」「蛋烘糕」「椒塩白粽」「青蔬焼麦」などの小吃が配膳されます。ごらんのように四川料理の特徴である赤黒い麻辣味の料理が中心ですが、蜇頭青豆などのような柔らかい味のもあります。また小吃には頼湯元のような甘いデザート料理もあります。ですから、辛いのから甘いのまで楽しむことができます。 餐庁では食事とともに、写真2に見るように、舞台がしつられており、中国楽器による演奏も楽しめます。
「龍抄手」総店の本来の姿は1階です。ここは中国の庶民食堂として、まず食券を買い、テーブル席について係員に食券を渡し、配膳されるのを待ちます。写真3がこの1階を、テーブル席側から配膳部へと撮ったものです。月曜日13時過ぎですが、人気店とあって、ほぼ1階のテーブルは埋まっていました。テーブル席は地下1階にもありますが、休日などの混雑時には席を確保するのも大変です。食券売り場は配膳部の左手にあり、この上部の壁にメニュー表があります。抄手(ワンタン)は各種(燉鶏抄手・海味抄手・原湯抄手・酸辣抄手・枸杞抄手・豆辨抄手)あり、10個入りで12元です。当店のワンタンの餡は豚肉でこれを薄い皮で包んであります。味の違いは基本的にスープの違いです。淡泊なものから辛いのまであります。ワンタン以外にも、麺・粉・餃子・糕などの小吃もあります。もちろんこちらにも小吃セットがあります。Aセット38元(14小吃6冷菜1湯)とBセット28元(12小吃4菜1湯)で、これで十分にお腹いっぱいになります。なお、ビールは8元です。
最後に、写真4は聯升街から見た総店の正面入口です。城守街・聯升街側の店のビルの壁に、赤い大きな店名の看板が掲げられていますから、目印になるでしょう。なお、当店は陳麻婆豆腐店などと同じく成都市飲食公司傘下の店で、同公司傘下には成都市の名小吃店が多く含まれます。
付随情報 東大街にあった「成都小吃城」は、この春、再開発にともないビルが解体され、営業を停止しました。
November 18 在重慶日本国総領事館による「大規模災害用緊急一斉通報機能」―成都雑感〔74〕―在重慶日本国総領事館から、本日、件名「大規模災害用緊急一斉通報機能(一斉送信運用テスト)」のメールが送信されてきました。この件名のメールは外務省の統括するもので、すでに他地区の在中国日本国公館では送信されていました。重慶市・四川省・雲南省・貴州省を管轄する在重慶日本国総領事館でも実施されたことになります。以下が、本文の全文です。
This message has been written in Japanese. Sorry for no English. If you have any question, please call to the nearest Embassy or Consulate General of Japan, Consular Section. Thank you.
Kotirawa Jyuukei Souryoujikan No Kinkyuu Issei Tsuuhou (INSIDE Integrated Notify Support In Disaster & Emergency) Desu. Kono Message Wa Nihongo Kanji Nite Soshin Sareteimasu. Honkenni Kanshiteno Otoiawasewa Ochikakuno Zaigaikoukan Made Gorenraku Kudasai. ■□■□■ □■□■□ ■□■□■ こちらは、重慶総領事館 緊急一斉通報(INSIDE Integrated Notify Support In Disaster & Emergency)です。この一斉通報は、在留届にて 届けられたメールアドレスに自動的に配信されております。
もしご帰国、他国に転居等されておられ、帰国(転居)届がお済みで ない場合には、まことに恐れ入りますが最寄の在外公館または 外務省領事局政策課領事IT班(東京03-3580-3311、内線5818,5367)まで ご連絡下さい。
なお、このメールに返信しますと、発信元の在外公館に返信できます。 ■□■□■ □■□■□ ■□■□■ 重慶市、四川省、雲南省、貴州省の在留邦人の皆様へ
(一斉送信運用テスト)
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ 2008年11月18日 大規模災害用緊急一斉通報機能 (一斉送信運用テスト)
在重慶日本国総領事館 領事班
これは、「大規模災害用」とありますが、実は「緊急一斉通報(INSIDE Integrated Notify Support In Disaster & Emergency)」とあるように、当該国・地区に緊急事態が発生した場合の、緊急事項(情報)の通報(連絡)です。このような、緊急通報システムがなされることは結構なことです。しかし、長年の在中国の実際から見ると、「外務省の渡航情報は四川省の地震復興への阻害要因」(2008年9月10日付)でも触れているように、外務省の情報収集・分析能力には疑い目を持たざるをえません。したがって、「緊急一斉通報」はこれを特に絶対視することなく、各種情報の一つとして、判断・分析材料の一つに過ぎないと心得ています。これのみに頼ることはむしろ危険と考えます。あくまでも自分自身の情報収集を欠かすことなく、また分析能力の向上に努めたいと考えています。 November 10 王婆蕎麺―成都雑感〔73〕―中国の麺は基本的には小麦粉です。ですが、蕎麦を四川省の山間でも生産しています。で、四川省には蕎麦粉を用いた麺があります。これが「崇州蕎麺」です。成都市管轄の崇州市は成都市西34kmにあります。市中心は成都平原に位置しますが、北側が景勝地九龍溝のある3千m級の山岳地帯です。この環境が、当市の小吃として崇州蕎麺を生んだのでしょう。 「崇州蕎麺」の看板を掲げた店は成都市内にも見かけます。崇州蕎麺を食する店の一つとして、「王婆蕎麺」青石橋店を紹介します。本店は青石橋北街十字口(十字路)東南角に位置します。北街の対面が成都市の台所、青石橋海鮮市場です。水産物を主に高級食材を商う市場です。この十字路へは、春熙路南段から東大街を横断し、走馬街を南下し、右に学道街には入り歩くと、出ます。約500mです。または、塩市口から大業路へと南に歩き、古臥龍橋街へと左に入って進むと、十字路です。約300mです。営業時間は8~20時です。 写真1左は、学道路から見た店構えです。「青石橋 王婆蕎麺」の看板の左右に、「王婆凍糕」「王婆肥腸粉」の看板を掲げているように、これらもこの店の売りです。歩道にも椅子を出し客がおり、昼時ですが、流行っている様子がうかがえます。 写真1右は、もっともポピュラーな「牛肉蕎麺」(6元)です。このほかにも、各種の麺があります。壁に掛けてあるメニュー表で選び、食券を買い、席で待ちます。トッピングは写真に見える牛肉の細塊ですが、これは少量で、香菜が散らされています。ごらんの赤色のスープは四川特有の麻辣味で、豆板醤の辛みに花椒のしびれ味が加わります。相当な辛さと思ってください。麺は蕎麦粉の割合がそう多くなく、かすかに蕎麦の感じがする程度です。ですが、辛さに強ければ、普通の麺とは違う食感が楽しめます。 写真2は、蕎麺の製造の様子です。写真で左下に見える黄色の塊が練った蕎麦・小麦粉の塊です。これを1人前の量に千切って、写真中央の蕎麺製造機の中央の壺に入れます。次いで、横手(男性が持っているもの)に全身の体重をかけて引き下ろします。すると、壺下の細穴を通過して、塊が細麺条となり、降りてきます。これをお湯で受けて、そのまま茹でます。すなわち、麺製造から茹でるまでが一貫した作業なのです。すぐ茹であがりますから、奥の男性が椀に取り、さらに奥の人に渡し、スープとトッピングをし、完成です。なお、この押し出し式の麺製造法は、雲南省の名物小吃の米綫(米粉製の麺)にも見られます。 本店の数軒隣(東)にも崇州蕎麺の店がありますから、比較するのもいいでしょう。 (2008.11.10) 中国の麺は基本的には小麦粉です。ですが、蕎麦を四川省の山間でも生産しています。で、四川省には蕎麦粉を用いた麺があります。これが「崇州蕎麺」です。成都市管轄の崇州市は成都市西34kmにあります。市中心は成都平原に位置しますが、北側が景勝地九龍溝のある3千m級の山岳地帯です。この環境が、当市の小吃として崇州蕎麺を生んだのでしょう。 「崇州蕎麺」の看板を掲げた店は成都市内にも見かけます。崇州蕎麺を食する店の一つとして、「王婆蕎麺」青石橋店を紹介します。本店は青石橋北街十字口(十字路)東南角に位置します。北街の対面が成都市の胃袋、青石橋海鮮市場です。海鮮物を主に高級食材を商う市場です。この十字路へは、春熙路南段から東大街を横断し、走馬街を南下し、右に学道街には入り歩くと、出ます。約500mです。または、塩市口から大業路へと南に歩き、学道街へと左に入って進むと、十字路です。約300mです。営業時間は8~20時です。 写真1左は、学道路から見た店構えです。「青石橋 王婆蕎麺」の看板の左右に、「王婆凍糕」「王婆肥腸粉」の看板を掲げているように、これらもこの店の売りです。歩道にも椅子を出し客がおり、昼時ですが、流行っている様子がうかがえます。 写真1右は、もっともポピュラーな「牛肉蕎麺」(6元)です。このほかにも、各種の麺があります。壁に掛けてあるメニュー表で選び、食券を買い、席で待ちます。トッピングは写真に見える牛肉の細塊ですが、これは少量で、香菜が散らされています。ごらんの赤色のスープは四川特有の麻辣味で、豆板醤の辛みに花椒のしびれ味が加わります。相当な辛さと思ってください。麺は蕎麦粉の割合がそう多くなく、かすかに蕎麦の感じがする程度です。ですが、辛さに強ければ、普通の麺とは違う食感が楽しめます。 写真2は、蕎麺の製造の様子です。写真で左下に見える黄色の塊が練った蕎麦・小麦粉の塊です。これを1人前の量に千切って、写真中央の蕎麺製造機の中央の壺に入れます。次いで、横手(男性が持っているもの)に全身の体重をかけて引き下ろします。すると、壺下の細穴を通過して、塊が細麺条となり、降りてきます。これをお湯で受けて、そのまま茹でます。すなわち、麺製造から茹でるまでが一貫した作業なのです。すぐ茹であがりますから、奥の男性が椀に取り、さらに奥の人に渡し、スープとトッピングをし、完成です。なお、この押し出し式の麺製造法は、雲南省の名物小吃の米綫(米粉製の麺)にも見られます。 本店の数軒隣(東)にも崇州蕎麺の店がありますから、比較するのもいいでしょう。
November 01 紅葉の九寨溝―四川雑感〔9〕― 10月25・6日(土・日)の両日をかけ、10・1日(「秋の九寨溝1日目―四川雑感〔6〕―」)に続き再度、九寨溝に訪れました。暖かかったため、例年に比して遅い、紅葉を見るためです。なお、九寨溝管理局の公式Webサイトでは、10月16日付ニュースで紅葉宣言をしています。 行程は次の通りです。 25日(晴) 7時半過ぎ入溝。バスにて鏡海(8時前)。バスにて原始森林(8時40分前)。徒歩で周回(約1km強)。バス(芳草海・天鵝海は車中)にて箭竹海(9時10分過ぎ)。以後は徒歩にて、箭竹海瀑布~熊猫海(10時10分前、約2km)。熊猫海瀑布~幽林桟道~五花海(10時50分前、約2km)~五花海観景台~五花海(昼食11時50分前、約1km)。孔雀河道~小金鈴海~大金鈴海~珍珠灘~珍珠灘瀑布(13時過ぎ、約1km)。珍珠灘からバスで諾日朗旅游中心(13時10分)。徒歩で諾日朗瀑布(13時半)~諾日朗瀑布上車站(約1km)。バスにて樹正寨(14時10分過ぎ)。バスにて出口へ、14時40分過ぎ出溝。以上で日則溝景区巡りは完了しました。なお、徒歩では原始森林・箭竹海間約4km、珍珠灘瀑布・鏡海間約1km、鏡海・諾日朗瀑布間約2km半です。 26日(晴) 8時半入溝。バスにて長海(9時半前)。徒歩にて五彩池(10時前)~五彩池上車站(約1km)。バス(季節海は車中)にて鏡海(10時半過ぎ。実は原始森林行に乗ったため)。バスにて犀牛海(11時20分前)。以後は徒歩にて老虎海(12時前、約600m)~樹正瀑布~樹正群海(12時10分過ぎ、約500m弱。昼食)。道路を徒歩で臥龍海~樹正群海(13時、往復約1km強)~遊歩道で臥龍海~火花海(14時前)~双龍海~双龍海上車站(14時10分、約2km)。道路を徒歩にて芦葦海~盆景灘(14時40分過ぎ、約2km半弱)。バスにて出口へ、15時出溝。以上で則渣洼溝景区・樹正溝景区巡りが終了し、九寨溝の全観光を終えました。 今回の観光は徒歩を基本として撮影に心がけました。今年は四川汶川大地の影響で観光客が少ないこと、私の足は速いこと(中国では遅めにしていますが、日本での通常速度は約6km))から、時程に関してはもう少しかかると思います。ともかく2日間かければ、各観光スポットをゆったりと徒歩で巡ることができます。 それでは下に紅葉を主体とした写真をお見せします。上流(日則溝景区)から下流(樹正溝景区)の順となっています。 写真1左は、箭竹海中央付近を道路側からやや望遠側で撮ったものです。対岸の山は黄色を主とした紅葉に覆われています。これが湖面に反映しています。
写真1右は、熊猫海のスポット台上から上流へ右岸側をとらえたものです。岸の桟道は箭竹海からの遊歩道です。 写真2左は、観景台より五花海を俯瞰したものです。写真の上部、五花海の奥が孔雀河道です。
写真2右は、孔雀河道の下流から河道全体を撮ったものです。ここも五花海と並び紅葉のスポットです。写真中央上に見える道路のあたりが観景台です。 写真3左は、珍珠灘が滝(珍珠灘瀑布)となって落ちかかるところを、下る遊歩道からとらえたものです。ちょうどここに紅葉した木がありました。 写真3右は、鏡海のスポット点近くから、下流方面を望遠側で引きつけてとらえたものです。道路側ではこの付近に紅葉が集中しています。なお、これは26日撮影で、10時半過ぎにもかかわらず、波立たずでした。 写真4左は、犀牛海中央付近を道路側からとらえたものです。スポット点からは上流に歩く必要があります。
写真4右は、老虎海中央付近の道路対岸の紅葉を望遠側で撮ったものです。11日にも同一地点を撮りましたが、より紅葉に映えています。 写真5左は、樹正群海の道路側スポット点から群海下流域を俯瞰したものです。群海の下流に見えるのが臥龍海です。対岸の山も黄色くなっています。 写真5右は、逆に遊歩道から奥に道路越しに樹正寨を入れて望遠側で撮ったものです。ここでは一部しか見えませんが、寨を囲む山も紅葉しています。 写真6左は、双龍海の道路寄り遊歩道から対岸をとらえたもので、ここの対岸の山も紅葉しています。
最後の写真6右は、芦葦海上流部で、道路側から対岸の山の紅葉を撮ったものです。黄色を主体とした紅葉が山の上まで昇っていきます。なお、フォトアルバム「四川(紅葉の九寨溝)」には、行程順に多数の写真をアップしました。 両日は時に雲が張ることはありましたが、晴天で、撮影日和といってよかったです。このように観光自体は天気に恵まれ、寒くもなく(服装は10・10日と同様にフリース・薄手セーター・長袖シャツの重ね着)、よかったです。 しかし、成都戻る日、27日(月)は朝から雨模様で、途中からは雪に変わり、岷江源流付近の野は白一面でした。視界不良のため、九寨黄龍空港は午前中1便の飛来もなく、大幅な遅延となり、ようやく午後になり、成都からの到着便が着き、私の便(2番目)も約2時間半の遅延で、無事成都に戻れました。便によっては午前中の便が夕方発となりましたから、まだよかったです。また、黄龍への道は通行不能となりました。 付記 夏の九寨溝は、「九寨溝・黄龍(1)―四川雑感〔2〕―」(2005年6月27日付)、冬の九寨溝は、「冬の九寨溝―四川雑感〔5〕―」(2007年1月15日付)、また「秋の九寨溝1日目―四川雑感〔6〕―」(2008年10月14日付)・「秋の九寨溝2日目―四川雑感〔7〕―」(2008年10月15日付)を参照のこと。 October 16 甘海子・岷江源流―四川雑感〔8〕―13日(月)、9時、ホテルを出発して、タクシーで空港に向かいました。この日は、まさに雲一つない快晴で、成都では見られない、すんだ青空でした。 途中、「甲蕃古城」(チベット式古建築を模したリゾート施設)の九寨溝寄り約1kmにある、甘海子風景区で車を止めました。写真1左はこのほぼ中央から北へと甘海子(湿原)を撮ったものです。写真1右はさらに道を進み南へと撮ったものです。お分かりのように、ここも紅葉が始まっています(夏には高山植物が咲きます)。この九寨溝から弓杠岭(峠)までの山道の途上には紅葉が見られます。 弓杠岭を過ぎたところが、写真2左に見る、「岷江源」すなわち岷江源流です。岷江はここより発し、松潘県・茂県・汶川県の山間を流れて、都江堰市で成都平原に出、楽山市を経て宜賓市で金沙江と合流して長江となります。ここからの水が遠く上海市まで流れて海に注ぐのです。なお、弓杠岭を境に北側の九寨溝県は山が森で覆われているのに、南側の松潘県の岷江源流付近は草の湿原となっています。 10時半過ぎに九寨黄龍空港(2003年9月開港・2007年4月拡張 九寨溝88km・黄龍53km・川主寺12km)に着きました。この空港は高度3500mにある高地空港で、山頂を切り開いて建設されたため、気象条件(特に風)に厳しく、1年中遅延が珍しくない空港ですが、今回は往復ともほぼ定刻通りと恵まれました。 昼に空港を離陸した飛行機上から撮ったのが写真2右です。山々の地肌が随所に露出し、明らかに山崩れの痕跡であることがお分かりでしょうか。この地点は震災のもっとも厳しかった地区の一つである北川県ではないかと思いますが、まさしく5月12日の汶川大地震の爪痕なのです。写真からも山崩壊の大きさが察せられるでしょう。 こうして、午後、成都に戻り、今回の旅行を終えました。 |
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